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侏儒(ひなたやましゅじゅ)どんの頓知話「耳のにおい」

「清につかず濁をおそれず、濁りてしかもけがれざるもの、これ大徳なり」。島津の殿様にそれとない進言をする日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どんの話です。今の私たちにもとっても含蓄ある話です。


日当山温泉公園前にある日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どん像、天降川に架かる橋「しゅじゅ橋」。日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どんは今日も天降川の流れを見守っています。

ある事で褒美をもらうことになった日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どん。
「殿、お約束の褒美は?」
「おう、そちの褒美はなにがよい?」
「私はお金にはかわれないものが欲しゅうなりもした。」
「うむ、ではなにがのぞみじゃ?」
「殿、もし許されるならば、重臣たちの評定の場にて、殿のお耳のにおいをかがして欲しいのでございます。」
「なに、予の耳のにおいをかぎたいじゃと?欲のない奴じゃのう。よし、許してやろう!」
ということでお許しがでた。
それからは重臣たちの評定があるたびに、侏儒どんは殿の耳のにおいを嗅ぐのであった。
すると!
どういうことか、重臣たちはこっそり侏儒どんの家に贈り物を届けるようになった。
要するに自分たちのワイロや女性とのいざこざなどを内密にしておいてもらうための「もみ消し料」だった。
侏儒どんはそれが届くたびに殿様の耳に入れた。
それを聞いた殿様、ついに腹を立て「太兵衛、世の中がこんなにけがれ多きものとは知らなかったぞ!」と憤慨されました。
「おわかりいただけもしたか。」
「うむ、このままではすむまい。いずれ厳罰にせねばなるまい。」
「殿、厳罰だけが世を清くする道ではございもはん。(ございません。)」
『清につかず濁をおそれず、濁りてしかもけがれざるもの、これ大徳なり』「と、教えがございます。」
「うむ、濁りてしかもけがれず・・・か!」
「はい、殿がこの濁りの下情に通じていただいたことで、藩政はすでに清まりもした。(ました。)ご心配はいりもさぬ。(いりません。)殿、徳はやすく大徳はかたし、と申します。」
そう進言すると侏儒どんは殿様のまえに両手をついて無礼を謝したのである。
だが殿様はさすがにニッコリとして
「太兵衛、またたまには予の耳のにおいを嗅いでくれよ」
「はい、恐れ入ります。しかしここ当分はお耳のにおいを嗅がなくてもよろしゅうございます。」


ご褒美に殿様の耳の臭いを嗅ぐことを許されたことで、実際は何もしていないのに、侏儒どんが自分の悪事を殿様の耳に進言しているのでは・・・と勘ぐった重臣たちが侏儒どんに贈り物をする・・・。何もせず殿様の耳のにおいを嗅いでいるだけで、悪事や不正がドンドン明るみにする侏儒どんのアイデアですね。
しかも、『清につかず濁をおそれず、濁りてしかもけがれざるもの、これ大徳なり』と不正や悪事を働いていた重臣たちを罰せないように殿様に進言しているところもすごいですね。
生きていれば多少の汚れ・汚さ、ずるがしこさは必要。が、それにおぼれて悪に染まってはいけない。清らか過ぎても人は成り立たないが、正義の心を忘れてはならない。それが政治であり、人の上にたつものの心意気、「濁りてしかもけがれざるもの、これ大徳なり」ということなのでしょう!今の政治の不正の話にも通じるものがありますね。
侏儒どんなりの人生観、リーダーシップ論があります。

参考:「日当山侏儒どん 伊地知信一郎著(随筆かごしま社)」

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