日当山侏儒どん伝説 TOP > 侏儒(ひなたやましゅじゅ)どんの頓知話  

侏儒(しゅじゅ)どんの頓知話「どじょう骨」

なりは小さいが「どじょう(土性)」骨のある人だ!日当山の地頭になった侏儒どんは村人に印象を残します!ほんとに、おもしろいです!


天降川に架かる「しゅじゅ橋」です。ここにも!日当山の地頭になった侏儒どんを大事にする地域の人々の心が伝わります。

日当山の地頭になった侏儒どん。
この地方は必ずしも善政が行き届いているとはいえない状況だったようである。
日当山にやってきてまもなく、村の顔役の会合があって、日当山の地頭・侏儒どんも参加することに。
その集まりに行くと百姓や商人、二才衆(にせしゅう:鹿児島弁で男の若者の意味)たちのだらしなさ、根性のなさをこきおろしてばかりいるのである。
「地頭様、ご意見はなかですか?」
そこで侏儒どん、一座の面々をじっくり見回し・・・。
懐から一枚の白い紙を取り出した。
そして筆をとってその紙の半分を真っ黒に染めてしまった。
「おのおの方、これを見てくだされ。」
半分黒く、半分白い紙を高く差しだして語りだした。
「まつりごとはこれでござる!上(カミ=紙)清ければ下これにならい、上清からざれば下これに染まると申す。つまり二才衆や百姓、商人が悪いのは上が悪いからじゃ。さきほどからお聞きしておりますと、おのおの方の顔のドロをさらけ出しておられるように聞こえもしが・・・。」
みんなはようやく侏儒どんの真意がわかってきた。
「為政清明=いせいせいめい=というのがござる。これは”まつりごとを為すに清明なれ”ということになりもす。政をなすにあたって上に立つものは自ら清く明白でなければならぬ、という教えじゃ。」
「ひとつおのおの方、これからはまずはわれわれどもから、清明にやりもそじゃごわはんか。(清明にやろうではないか。)」
と、結んだ。そこで庄屋どんはたずねた。
「では、じっさいに悪い点はどのようにいたせばよろしゅごわすか?」
「悪い点といわれもすが、これは不思議なもので、人間は悪い面ばかりをみていると、いつまでも悪い面は消えないものでござる。そこでその悪い面は放っておくにかぎりもす。反対に善い面をみるようにしなされ。上の心の中でみるとおりのものが、下にもあらわれるから世の中は不思議なものでござるよ。」
集まった顔役たちはこんどの地頭は「なりは小さいが、じょじょ(中々=なかなか)土性(どじょう)骨のある人物だと思うようになったのである。

参考:「日当山侏儒どん 伊地知信一郎著(随筆かごしま社)」

日当山侏儒どん伝説 コンテンツ一覧

Copyright (C) 日当山侏儒どん伝説!. All Rights Reserved.