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薩摩の奥座敷、霧島日当山(ひなたやま)の伝説 日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どん

島津家に仕えた日当山地頭の徳田太兵衛こと「日当山侏儒どん」は、背丈がわずか3尺(約1m)の小柄なカラダながらも、頭の回転が早く、男気もあり、常にトンチを効かして笑いに変える剛毅でありながら、愛嬌のある人物だったそうです!現在までも日当山には日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どんの功績と伝説を尊ぶ地域のチカラで、侏儒どん像が2体も残されています!


日当山温泉公園前にある日当山侏儒(ひなたやましゅじゅ)どん像です。日当山を流れる天降川の流れを見守っています。

ワンマンだった島津の殿様に物申す勇気ある頓知話や伝説を残しています。

豊臣秀吉の朝鮮出兵で恐ろしいほどのチカラを振るった薩摩藩主18代島津家久は、チカラ、武力もさることながら、薩摩の平定をするためにかなりワンマンな殿様だったようです。そのワンマンさと、剛毅な性格の殿様に様々な進言をする配下の家臣は少なかったようです。
日当山侏儒どんは、その小柄なカラダに合わぬ性格と明晰な頭脳、ユーモアのある頓知で、島津家久の進言をしたり、下々のことをそれとなく伝えたりしました。島津家久もその体躯に合わぬ男気と勇気、頭の回転の速さを非常に重用し、お側にちょくちょく呼ばれました。
日当山地域では、ワンマンな島津の殿様に自分たちの苦労や大変さを進言するだけでなく、地域の地頭として農民や商人の心をガッチリ掴んでいた素晴らしいお武家様だったと今でも口伝、書籍に残されています。


「侏儒どん橋」。橋だけでなく、商店街の通り名、温泉、公民館の名前など「侏儒どん」は多くのところで生きつづけてます。有名な戦国武将や幕末の偉人は別にしてここまで長く地域に愛される人も全国的に珍しいのではないでしょうか?


「侏儒どん温泉」のカンバン!日当山には温泉がたくさんあります!200円で入れる温泉もありますよ〜!また、美しい田園風景や霧島から流れる川、天降川の流れもとても美しいです。山、川、少し行けば錦江湾があり海水浴も楽しめ、空港もすぐ近くです!新興住宅街にもなっており、歴史と新しさが混合した住みやすい町です。

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